恐らくはまたすぐに見返して恥ずかしくなって消してしまうのかもしれませんが、一応記録しておこうと思います。

社会人になって仕事を始めて早くも1年以上が経過しました。今も自分が同じ会社にいるというのは正直なところ想像していなかったので驚いている部分もあります。ブログを新しくしたので以前のブログで書いたかどうか定かではありませんが、入社が1年経過する前に、一度私は仕事を辞めるつもりでした。職場内での人間関係がうまくいかない(人とあまり接することができない)、仕事内容に納得することができない、残業が多いこと・一人暮らしに慣れていないことから十分な時間を確保できないなどの理由から体調を崩してしまいました。ただ、血液検査などでは異常は認められない為、私は心療内科へと通院することを決めます。どちらかというと選びたくない行動ではありました。精神的要因による体調不良は人から見れば甘えにしか映らないと考えていたからです。通院に至る前に何人か会社の人に相談したこともありました。ただ、「同期の人だったり、同じ年の人たちもそれぞれ苦労しているから、君だけが辛いわけじゃないんだよ」ということを何度も言われていたこともあり、自分でなんとかしなくてはいけないと思い、また、どうにかなるものだと信じていました。とはいえ結局どうにもならないという結論に至り、通院することにしました。

ここまででまず「自宅から出られないほどの体調不良でないのであればそれは結局甘えではないのか?」と言われそうです。

心療内科では薬を二種類処方されました。一つは寝る前に服用し睡眠が取れるよう促すもの。もう一つは朝に服用し、気持ちを前向きにする作用のあるもの。結果から先に書いてしまうと、3か月通院して薬を使っていましたがはっきり言って効果はなかったように思います。他の人には効果があるのかもしれないので単純に自分に対して相性が悪かったのか、薬ではどうにもならない領域にいたのかは定かではありません。ただ、通院して唯一良かったのは担当の先生が親身になって話を聞いてくれたことでした。勿論それが彼らにとっての仕事なのかもしれませんが、私にとっては救いでした。診断によれば私の症状というのは「抑うつ状態」というもので、いわゆるうつ病の正式名称だそうです。ちなみに本当の「うつ病」は脳にまで影響が出ている為心理的要因を取り除くだけではどうにもならない、みたいなものだった気がします。ちょっと気になって調べた程度ですが参考までに。話は戻りその診断にあたり、医師の判断は「1か月の休養を取ること」でした。入社して1年も経たない時点でこのような相談をするのは私にとって非常に恐ろしいものでした。ただ、それよりもっと恐ろしいのは相談した当時の上司からの返答で、それは「こんなところで休んでどうするんだ。ここで休んだら戻ってきたときにみんなが気を遣う。それに他部署に移るにしてもこんな程度で休む人間をどこも受け入れてくれるはずがない」というものでした。何も言えませんよね。考えとしては相手が正しいとその時も思いましたし、今でも私の考えは甘かったかなと思ってしまいます。ただ、当時の状態でこの言葉を聞いた時はとにかくショックでした。結局、部署は変わらず、現場を変えられただけでした。

でも、私はただ「休みたかっただけ」なのかもしれないです。体調は悪かったのは事実ですけど、自分があの時ショックだったのにはそういう理由があったかもしれないというのを正直否定はしきれません。

現場が変わっても、その部署での仕事がどうしてもやる気になれませんでした。とはいえ、仕事ですのでやらないわけではなく、割り振られたものは(遅れが出てしまうことはありましたが)やっていました。それでも、これ以上はもう無理だと感じ、人事に退職の相談を持ち掛けたのが今年に入って間もなくの頃。すると、人事は「年度の切り替わるタイミングで部署を異動するのではどうか」という方向で話をつけようとしてきていました。それならあと2か月程度。なんとかやってみよう。そういうことで私は退職を取りやめ、進めていた転職の面接等も全て辞退しました。しかし。3月半ば、間もなく異動だというのに何の引継ぎの話も出てくることはありません。不思議に思い、プロジェクトのスケジュールを見ると、4月以降もそこでのスケジュールに私の名前が入っていました。これはおかしいと思い、当時の上司に直接話をします。「仕事のタイミングが悪いからもう少し続けてほしい」。1月時点で決まっていたことについて2か月経過し、しかも異動の直前になって私がスケジュールを確認して初めてそのような話が出てきたことが、理解できませんでした。ただ、1か月ということだったのでその場は渋々承諾。しかし4月。今度は仕事の話の中で「プロジェクトが落ち着くのは6月末」という話が出てきます。やはりおかしいと思い、確認を取ってみると「このプロジェクトが落ち着くまでという話をしたはずだけど」という回答。私は期限も確認したはずでしたが、こんな話だとは聞いていなかったので、今回は人事に直接問い合わせることにします。すると人事から当時の上司へと連絡がいくと、上司の人間は激怒。「そんなに言うんなら何が不満なのか何がやりたいのか書面にまとめて持ってこいよ異動させてやるから」と言われました。その頃にはもうほとんど投げやりな気持ちになっていました。私はこれまでの経緯から「コミュニケーション能力に問題がある」など、言われて不快に感じた発言、組織への疑問、納得できないことを全て書き起こし、最後にはもうこの会社で私を受け入れてくれる部署はないだろうから、ここに残るくらいなら辞めますということも書きました。作成した文章はA4で6枚程度のものまで膨れ上がっていました。文章を提出してしばらく経った後、人事から話があり、すぐにでも異動させるので回答を聞かせてくれ、とのこと。私は当然、了承するとの回答をしました。

当時は恥ずかしながら「まだ手放すわけにはいかない存在」みたいなものだと思って少し舞い上がってもいたのですが、冷静にならなくてもちょっと考えれば「入社して数年の社員の離職率を上げたくない」ってだけですよね。これがもし私が入社5年目とかの人間だったらあっさりと退職の要求は通っていたんじゃないかと思います。

そういったことがあって私は現場も部署も全く異なるところへ行くことが決まりました。ただ、ここで気に食わなかったのは、私が通院を終えたということを人事に伝えたところ、「良かった。実をいうと俺は心療内科なんて信用してないから」と言われたことです。過ぎたことについてではありますが、それを私本人にいう必要があったのか、今でも疑問です。そして移った現場で今に至っています。

移った結果、最初はいい環境だと思いました。やはり何もかもが大幅に変わったせいでしょう。そして数か月たった今気づいたことは。「コミュニケーション能力に問題のある人間はどこに行ってもうまくいかない」という事実です。私が不快に思った当時の上司の発言は、何一つとして間違っていなかったことを私自身が証明してしまいました。具体的に目に見える形で何かをされたわけではありません。ただ、私が動くたびにコソコソ話したり、笑ったりしてる声が聞こえたりします。勿論これだけでは判断材料としてはあまりにも弱すぎます。確信を持ったのはその現場の同社の人間の若手の間で私だけが呼ばれていない飲み会があったらしく、その翌日は全員挨拶をしても以前より淡泊な感じで、しまいには現在の上司も私とはあまり会話をしたくないような態度を見せるようになりました。

問題なのはこれをどこにも相談できないということです。以前twitterで体調が最も安定しない時期の投稿から私のアカウントが会社の同期に見られてしまうということがありました。自分でもまさか見つかるとは思っていなかったのですが、その話をどこかでしたところ「いや危機管理能力が足りなすぎるでしょ」と言われたのがかなり刺さったのを未だに覚えていて、でもよく考えずともそれは明白でした。そんなこともわからなくなるほど当時の私は心身ともに弱っていたのかもしれませんが、そんな状態ではもうSNSには触れるべきではないという判断は下せるようにしておくべきでした。今でもそこそこ書いてしまって、場合によっては投稿したものを消したりするなんてこともありますが、もう今では仕事の話についてあまり書かないようにしています。何より(独り言をつぶやくようなサービスであるとはいえ)見ている人も自分も不快になるだけです。

そういったこともあり、仕事の話は避けるようにはしているのですが、そうすると今度はもう何も書くことがなくなってしまうんですよね。仕事が始まってから、思うように時間が取れず、特にゲームについては遊ぶ本数がめっきり減ってしまいました。それ以外についても、情報を追い切れていないものがたくさんあります。だから自分の発言が間違っているのではないかと考えることが前以上に増えました。元々、間違った情報は投稿しないように気をつけるようにはしていましたが、最近ではそれをより深く考えるようになり、最終的には「周りと比べてほとんど時間をかけていない自分がこの内容に触れてはいけない」という結論から投稿1つするのも億劫になってしまいました。自分の発言の内容に完全に自信が持てなくなりました。

それでも最近は少しずつ書いてはいますが、「内容は間違っていないか。他の人から見て鼻につくものではないか」といったことばかり考えてしまい、自分の投稿が怖いです。こうなるとまず自分の悩みを相談することができない、また、好きなことについて語ることもできない、ということになってしまい、結果として何も書けなくなってしまうんですよね。と言いつつ投稿は毎日のように行われていますが、私は自分の発言を見るたびに「薄い、薄い」と感じてしまい、他の人がこれを見てどう思うか考えてしまうと怖いです。でも不自然なので消したりはしません。自分でもよくわからない行動だと思います。

もう最近はリアルで連絡を取るのは家族くらいで、しかもその頻度も高くないので人とコミュニケーションを取る機会はほぼありません。壁に向かって話しかけるような生活が長く続いています。本当はもっと色々なことを話したいけれど、私が話してもいいのかな、というのは現実・インターネットを問わず常に思ってしまっているため、結局何も言わないことが多いです。

「じゃあ一人暮らしなんてするなよ」と言われそうで、ごもっともなのですが、家庭の状態を考えるとそれはそれで私にとっては耐え難いものになります。

「じゃあなんでそんな会社入ったんだよ」と言われてしまうと、内定をもらえたのがこの会社しかなかったという他ありません。

「じゃあなんでもっとしっかり準備しなかったんだよ」と言われてしまうと、学生時代にそういったものの準備が足りなかったからです。

大学生の頃は休みの期間も平日も週に5日はアルバイトでした。それがあったからそのお金で一人暮らしができましたが、学生として得られたものって何だったんでしょう。

でももしアルバイトがなければ私は学費を立て替えることはできませんでした。

「じゃあそもそもなんで大学に入ったの」とかもう自分を追い詰める言葉の選択肢はいくらでもあります。そして、何もかも私自身に原因があるという回答が出せてしまいます。

あの時どうすれば良かったのかというのは考えてもしょうがないので今後のことを考えようとします。でもそうすると、何もいいものが見えてこない。仕事を続ければ人間関係で嫌な思いをする。辞めても今度は自分を受け入れてくるところはない。そうすると続けるしかない。そうすると仕事ができないので残業が増える。時間がない。趣味に費やせない。何もない。

こうなってしまうんですよね。ネガティブになりすぎてる面もあるかもしれませんが、大方正しいと私は思います。

結局なんでいきなりこんなことを書いたのか自分でもよくわかりません。書いたところで「お前が悪い」と言われるんだと思います。その一方で、もし誰かがこれを見て共感してくれたら、なんてことも少し考える自分もいます。でも、人とろくに意思疎通のできない人間が書く文章にそれほどの力はないですし、結局全部私の行動、あるいは努力不足に起因して、この先どう足掻いてもよくならないという結論に私は至るわけです。だからといってどうなるわけでもないのでこの先も死ぬまでこんな不満を抱きながら生き続けて、果たして何の意味があるんだろうなということを毎日のように考えるようになりました。

世の中の人は同じような状況を乗り越えているんだと思います。だからこれは私が人より努力が足りないだけ、劣っているだけ。たったそれだけの問題なんでしょう。

終盤はまとまりがなくまさにチラシの裏の文章となってしまいましたが、最後まで読んでくださった方には心よりお礼申し上げます。こんな人間もいるんだと知ってもらえれば、これほど嬉しいことはありません。